「空虚を見極める」という経典は、様々なお経をもとに、百川(ひゃくせん)宗の信者であるネリー・ピャツキ(Nellie Pyatsky)さんが 77歳で書いた仏教の知恵を伝える言葉です。ネリーさんがお経の学習を補うために描いている絵が、百川の先生たちと生徒たちにとって大切な資料になっています。当チャンネルで使われている絵は全部ネリーさんの作品です。
朗読:ハナン・ピャツキ (Hanan Pyatsky)
【序】
世界の空気を注視せよ。自我を捨てておけば、死にさえまさるものなのだ。このような世界観を持った人には、死神の手が届かない。
『スッタニパータ・第五章・彼岸道品・第十六節』
第一章 枯れた井戸
心が疲れる原因は欲である。私は井戸のようなこの世を見て、渇きを潤したくなるけれど、水ではなく郷愁をそそる思い出の響きが広がるだけなのだ。
井戸は枯れきった。私はせめてひとすくいの水を探しに奥底まで下りてきたのにひび割れた土しか見つからなかった。一方、真上に見える青空から安堵の息が私のいる寂しい世界に降り注いでいる。
第二章 ボロ家
心の光を遮るものは悲しみである。世界が暗く見えるようになってしまい、混乱している魂は宿が見つけられない。希望は、ボロ家のようになってしまうのである。そのボロ家の窓ガラスは粉々に砕け、ドアは傾き、屋根は崩れきっている。
一時的なものを追求するクセでこのボロ家に閉じ込められる羽目になった私は、恒久的なものを求めようという覚悟でしかこのボロ家を抜け出せない。
悲しみを克服することができる探究心を持てますように。
第三章 廃寺
心を縛るものは恐れである。やぶのように錯綜する思いで覆われた私の信仰心は廃寺の姿を見せる。中に入ってみるとガランとした状態になっていたのだ。隅にクモの巣ができたり、歌声ではなく、朽ちている天井から雨水の滴り落ちる音が聞こえていた。
昔私に放置されたこのお寺を再生するために、今私が執着しているこの世のすべてを手放すという修行に励んでいく。信仰心を味方にすれば、一時的なものにとらわれることから逃れられるはずなのだ。
第四章 ひっくり返った城
心が乱れる原因は怒りである。怒りが溢れ出し、取り返しがつかなくなると気力を失い、何事にも満足できなくなってしまうのである。自分の中に空が抜けたみたいな大穴がぽっかりと空いている。
私は怒りを抱いている心を鏡に上下逆さまに映っている城として捉えよう。この城を倒したのは私自身の力だからこそ、立て直せるのも私自身の力なのだ。この城を治めていくのは、万物に備わった誠実な心なのである。
第五章 冷えた風呂場
行き過ぎた高揚感は、心に興奮をもたらし、 虚無をつれてくる。浮かれ気分の様子は、風呂場にいる人の赤裸々な姿と同じだ。
私は高揚感を冷えた風呂場として捉えよう。今までの過ちを深く自覚し、恥の冷水を浴びてみると、かえって私がポカポカと温まった。その冷たい水の刺激は私に熱い志を持たせる。そして私は、人生の苦しみを乗り越えようと力を出していくのである。
空虚を見極める
Youtubeでご覧いただけます。
https://youtu.be/oAVZBw47Zik